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コラージュな日々

いろんなkokoroの hari合わせnote


by sense-taka
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・・・ 東京へ 3日目   芸術の存在意義 展 ・・・

雨が少し強くなってきた・・・

国立駅の前 大通りを斜めに入り  1階に小さな郵便局がある雑居ビルの5階
      アート イマジン      ヘェ~ こんなところか・・・

ギャラリーに入ってしまえば そこはちゃんとギャラリーで
はじめまして お世話になっています とご挨拶して 自分の作品のところへ・・・

展示スペースが2つあるのだけれど
その一つがわたしの作品だけ展示されていた。
他の参加者の方5人が平面の作品だったからだろう。

白い空間に わたしの作品も白なので 演出的には
シンプルすぎた感じだったけれど
他に何もないところに 私だけの作品が展示されているのは
気持ちがキリリとしてす~っとした。

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自然光がまったく入らない照明だけで わたしのデジカメの設定も悪かったのか
せっかくだけど 上手く写真が撮れなかった。

3時から作家さんとギャラリーの方 講評される方 観に来られた方 を交えて
交流トークがはじまる。

この企画展は3期に分かれ、それぞれ6名の作家さんが参加されていた。
私と同じになった他の作家さんのお話は 
正直なところちょっと期待していたこととは違っていたけれど
ギャラリーのオーナー キュレーター 講評の方の意見と 
お客さんからの質問や感想は
とてもとてもプラスの刺激になった。

「芸術の存在意義」 なんてカタくてたいそうであたりまえな
タイトルをつけるものだから
世間知らずのわたしは身構えたのだけど・・・


そもそも 自分がやっていることが 「芸術」 と言えるのかどうか
わからない。
そもそも 「芸術」 に対する考え方が視点によって違いすぎるし
芸術の存在意義なんて言われても・・・・


「創りだす」 ということが芸術と言えるとして
わたしにとって 芸術とは 私が 「わたし」 として存在していることの 「証し」

この「わたし」とは、社会的に位置づけされる私ではなく
まだ名前を持たないわたし・・・ メタフィジカルなわたし。
魂の・・・と言うところか。

人は ・・・ 感情も 意志も 想像力も 生まれながらに備わっている。
授かっていると言える。
それらは 一人一人の 「感受性」 だと思っている。
わたしは それを 「創ること」で 「わたし」 の感受性をどこまでもわかろうとし
見極めようとしている。

何故? ・・・ 人は 成長するようにできているから。
「生きている」 ことを この体と 精神で ちゃんと実感したいから。

その 欲求 と 衝動 がわたしの 生きること の原動力。
肉体 と 精神 水平 と 垂直
自分とつながるために
軸を保って まっすぐに立っているために
芸術 (創りだすこと) が 在る。   
私が わたし であるために。


と・・・ 正直に書いたけれど
「創る」 ということは その個人にとって こういうことなんじゃ
ないだろうか・・・
モノ を創ること
絵を 描くこと
詩を つくること
唄う こと
踊る こと

「創りだすこと」は 特別なことではなくて
生きている から あたりまえの 自然な ことだと思える。





今回 
まったく見ず知らずの方に 声をかけられ
見ず知らずの遠いところへ行き
見ず知らずの方々に見ていただいき
どのように感じたかを直接聞いて
わたしが何を考えているのかを直接はなし

それぞれが なんらかの刺激を受け
意識にとどめる・・・・

また 一歩 前に進める 深くつながる
貴重な体験ができた。




お世話になりました。
ありがとうございました。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


こちらも どうぞ (*^^)v 
もうひとつのbrog ♥ sumicaな暮らし ♥





 


 
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by sense-taka | 2012-11-23 00:03 | イベント・アート | Comments(0)