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コラージュな日々

いろんなkokoroの hari合わせnote


by sense-taka
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・・・ 俳句 という 世界 ・・・

わたしの友人に 倉橋 みどり さんという人がいる。
彼女とのご縁は・・・ そうか もう15年ほど前のことになる。
同じご縁で出会ったあの頃の仲間は それぞれに
自分の生き方を 選んで選んで選んで 
自分の足で立って生きているな・・・・

と・・・・ 昨日のことを ブログに書こうとしたら
こんな書き出しになってしまった。
わたしは ちゃんと生きているかな・・・ 
自分の足で ちゃんと立って。


みどりさんは ・・・ プロフィールを書こうとしたけど
あまりにもたくさんなのであきらめた。 
       (どうぞHPをご覧くださいませ!)


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学生の頃から俳句を初め その後も俳句結社に所属していたみどりさんが
 (現在は 七曜同人 俳人協会幹事 として いろいろと俳句講座もされている)
10年越しの思いで 昨年 出版された本

      北を見る人  橋本 多佳子 論

わたしは 俳句というものになんの知識も経験もなかったが
みどりさんの「思い」が少しでもわかりたくて この本を読んだ。

正直 「文学」という教養がさほどないので、
俳句業界(と言っていいのか)の話しは頭に入らないし 
読めない漢字が多くて 揚げられた俳句の
意味がわからないものが多い・・・
いや、これは漢字が読めないだけではなくて
俳句の世界を知らないから 読めないというところが
大きいと痛感した。
けれども そこのところを みどりさんの 「読み解き」 から
何故 橋本 多佳子 だったのだろう ・・・ という問いが
私なりに感じることができた・・・ ような気がした。

昨日 フェリシモ しあわせの学校
女性俳句の先駆者 橋本多佳子の 
  「いのちの一句」 を読む講座に参加した。

はじめに 「俳句」 とは何ぞや というところを
簡潔の説明された。
それは 五 七 五 という文字だけで表現される その人自身。
そして その少なさだけに 自分の思いや 感情を捨て、
それらをすべてモノに託すということ。

あぁ・・・ そうかぁ わたしのパターンとは 違う次元だぁ~
と、痛く感心する。
わたしは いつだって もっと もっと もっと ・・・
と感覚をことばにすることを追いかける。
そして どんなにたくさん言葉を使ったって 肝心なことは
結局説明できないし 本当のことが伝わらないことに
もがいたり疲れたりしていることがよくあるなと気づく。


みどりさんの本に書かれた 文庫版 多佳子ノート から
  
  多佳子は口癖のように 「煮詰める」 ということを云う。
  門下の 煮詰め足らぬ句に対して 
   「もっと煮つめちやどう」 と云うのである。
        (中略)
  煮つめるといふことは ほんとは内部整理である。
  感情の点においても  言葉の点においても

とある。

限られた言葉になるまで よけいなことをそぎ落とす 
のではなく、煮つめること。
俳句は そうして 生れる 「わたし」 なんだな・・・・
と思った。


わたしは そのことを 創作 というカタチで行っている。
創らなきゃ・・・  やっぱり 創らなきゃ ・・・・
と、わたしの深いところでそう響いた。


なんだか いつの日か何気に 俳句 をつくるようになっていたら
いいな・・・と思った。
そんな感じで 生きて いられたら すっごくいいなぁ~ って


みどりさん ありがとう!
俳句のお話が聴けて本当に良かった!!
みどりさんの 多佳子 探求の旅は まだまだ続くみたいですね。






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Commented by 倉橋みどり at 2014-02-10 16:32 x
たかちゃん すてきに紹介してくださってどうもありがとう。俳句とは焦らず、ゆっ~くり、そしてなが~くお友達になってくれたら、とてもうれしいです。
Commented by sense-taka at 2014-02-11 23:14
はい! そうします!! いつかは・・・そうやって心にとめておきます。
ありがとう! ドリィちゃん
by sense-taka | 2014-02-10 12:11 | 思うこと・・・ | Comments(2)