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コラージュな日々

いろんなkokoroの hari合わせnote


by sense-taka
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・・・ 筒井さんのこども服 ・・・

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初めてこんな本に出会った。
この本を手元に置くことにした人とは
どこのどなたかもわからないけれど
きっときっと 言葉にできないところで深く結びついているんだろうな ・・・


1960年代後半から80年代にかけて筒井喜久恵さんによって作られた
3人の我が子の為の服。92点が収録された本。

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この本の制作にあたり取材をされた 瀬高早紀子さんによるあとがきより

    初めて筒井喜久恵さんの子供服を目にした時の感情を
    改めて言い直そうと試みたものの それはどうしたって
    二度と味わえない物であり、上手いこと文字にしたところで
    それは私の中にある何かを探り当てているだけのことで
    まったく同じものとは言えない。

この本の発行 編集を行った homspun によるあとがきより

    ~前略~
    そんなあるとき 筒井さんの子供服に出会いました。
    押入れのプラスティックケースにしまわれたたくさんの服は、
    私たちを言葉ではないところに連れて行ってくれました。
    いったいそれがどこなのかなんなのか、わかりませんが
    それぞれの気持ちは波のようになり一つの流れになりました。
    物作りに携わる者として 筒井さんの本を作るのは必然でした。

私を含めて この本に出合った人に起こった内的な衝撃は
みんなそのことを言葉にできない・・・ように思う。
  「そうなんだ・・・こういうことなんだ・・・」
私が言葉にできたことはこれくらいだった。

昭和のお母さんは 洋裁や編み物をする人が多かった。
それも 特に学校に行くことなく独学で
それなりに工夫してオリジナルなものを
作っていたと思う。

この本を見て思う。
自分の子供たちのために・・・
その愛と熱意が目に見える 肌にふれる服となる。
その見えない「価値」が 見えるモノ以上にそこに「在る」と。
強く感じたそれを言葉にはできなくて ・・・

本の最後に

    おさがりでもいいから欲しいって言われたこともあったけど

    それはできなかったの

    だって、自分の子供のためにだけに

    その子に似合うようにしか作っていなかったから


という筒井さんのことばがある。

子供たちへ向けられた深い愛情は それを着て喜ぶ子供たちから
母親に返される。 それがエネルギーとなりまた子へと愛情は注がれる。
筒井さんの言葉には 強い自負を感じた。

親と子 人と人 との間で循環されるこの「愛」みたいなもの。
そのことを感じることができるかできないか。
見えるか見えないか。
生きている感覚は 随分違うだろうなぁ・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は 母が作った服を着て大きくなった。

そしてわたしも自分の子供たちのために たくさん服をこしらえてきた。

今では喜んでくれる誰かのためにも服を作っている。

すべて人のために そしてそれはすべて自分のために
「うれしい」「たのしい」「しあわせ」が
ぐるぐると行き来している。

誰かのために と 自分のために は つながっていて ひとつになるんだ。

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私も何枚か娘たちに作った服を残している。
そうだ!ピアノの発表会のワンピースやドレスはみんなあるはず。
今度出してきちんと整理しておこう。
手作りの服を着た写真も ちゃんと見直してみよう・・・








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by sense-taka | 2018-06-23 00:14 | 思うこと・・・ | Comments(0)